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東京高等裁判所 昭和58年(行ケ)132号 判決

原告

共同印刷株式会社

右代表者代表取締役

樋口善典

右訴訟代理人弁理士

安達信安

被告特許庁長官

宇賀道郎

右指定代理人

古賀洋之助

外二名

主文

特許庁が、昭和五八年五月一二日、同庁昭和五六年審判第一四四〇二号事件についてした審決を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二  請求の原因

原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和五一年八月三日、発明の名称を「ダイレクト・メール用等封書」(その後、「ダイレクト・メール用連続伝票の重合体」と補正)とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和五一年特許願第九二四四〇号。以下「本件特許出願」という。)をし、昭和五五年一一月二八日、本願発明の明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明並びに図面の一部について補正をしたが、昭和五六年四月二四日、拒絶査定を受けたので、同年七月一四日、これに対する不服の審判(昭和五六年審判第一四四〇二号事件)を請求したところ、昭和五七年一〇月一五日、拒絶理由の通知を受け、同年一二月八日、意見書の提出並びに本願発明の明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明等の補正をし、更に、昭和五八年一月一二日、再度の拒絶理由の通知を受け、同年三月八日、意見書に代える手続補正書をもつて本願発明の明細書の全文及び図面(一部)の補正をしたけれども、同年五月一二日、「本件審判の請求は、成り立たない。」旨の審決(以下「本件審決」という。)があり、その謄本は、同年七月四日原告に送達された。

二  本願発明の明細書の特許請求の範囲の項の記載

仕切ミシン目を介して連続伝票の流れと直角方向に連接する三つの葉片から構成され、表面及び裏面に所定の定形事項を印刷された紙葉が切離用ミシン目を介して流れの方向に連接する連続伝票の重合体であつて、前記連続伝票の重合体を構成している封書紙葉重合体部分について、それらの重合体接面の少くともその四周縁が水性糊料で糊着され、前記封書紙葉の上層中央葉片及び右側葉片の表面及び下層左側葉片及び中央葉片の裏面に、前記各隣接二葉片を一体とした四周縁部に熱融着性接着剤層が、接着剤層の上半部と下半部との周縁部からの距離を接着剤層幅以上異にしかつ隣接二葉片間の仕切ミシン目に関して対称形状に塗布され、封書紙葉をジグザグ折りに折畳んだときに形成される封書の三辺開封位置に切除用ミシン目が刻設されてなる切離用ミシン目によつてジグザグに折り畳み可能なダイレクト・メール用連続伝票の重合体。

三  本件審決理由の要点

本願発明は、ダイレクト・メール用連続伝票の重合体に係るものと認められるところ、当審において、昭和五八年一月一二日付で、本件特許出願は、明細書及び図面の記載が不備のため、特許法第三六条第四項及び第五項に規定する要件を満たしていないとする拒絶理由(以下「本件拒絶理由」という。)を通知し、不備の点を一三点指摘したが、その第一点は、「明細書(昭和五七年一二月八日付手続補正書)一頁六行の「パネル」、一二〜一三行の「第一〜第三パネル」は、何か不明瞭。」とするものである。これに対し、請求人(原告)は、昭和五八年三月八日付の意見書に代える手続補正書を提出し、明細書を全文補正するとともに、第1図を追加した。そこで、右の補正された明細書(以下「今回明細書」という。)を検討すると、昭和五七年一二月八日付手続補正書により補正された明細書(以下「前回明細書」という。)第一頁第六行の「パネル」及び第一頁第一二行及び第一三行の「第一ないし第三パネル」に代えて、今回明細書では、第一頁第六行の「葉片」並びに第一頁第一二行及び第一三行の「右側葉片」ないし「左側葉片」の記載を用いているが、右の「葉片」については、発明の詳細な説明中に記載があるものの、右の「右側葉片」ないし「左側葉片」については、発明の詳細な説明中に何ら記載されておらず、本件拒絶理由は、他の点を検討するまでもなく、解消されたとはいえない。なお、前記各パネルについては、昭和五七年一〇月一五日付の拒絶理由でも記載不備を指摘したところで、本件拒絶理由を合わせて、二度にわたる拒絶理由にかかわらず、記載不備が解消されていない。

更に、今回明細書第一頁第一〇行中に、新たに「封書紙葉重合体部分」の記載がなされたが、この記載についても、発明の詳細な説明中に何ら対応する記載がなく、このために、本願発明の特許請求の範囲の記載は、不明瞭となつている。この記載について、本件拒絶理由で個別的な指摘はしていないが、本願発明の特許請求の範囲は、全般について二度の拒絶理由を通知したにもかかわらず、依然として記載不備があるといわざるを得ない。

以上のとおりであるから、本件特許出願は、本件拒絶理由によつて拒絶すべきものである。

四  本件審決を取り消すべき事由

本件審決は、本願発明の今回明細書には記載不備があるとの誤つた認定をした結果、本件特許出願は特許法第三六条第四項及び第五項に規定する要件を満たしていないとの誤つた結論を導いたものであるから、違法として取り消されるべきである。すなわち、

1  本件審決は、本願発明の今回明細書の特許請求の範囲には、「右側葉片」ないし「左側葉片」なる字句を用いているが、発明の詳細な説明には、右字句について何ら記載しておらず、したがつて、本願発明の今回明細書には記載不備がある旨認定している。しかし、本願発明の今回明細書の特許請求の範囲には、「前記封書紙葉の上層中央葉片及び右側葉片の表面及び下層左側葉片及び中央葉片の裏面に」(甲第二号証の明細書第一頁第一二行ないし第一四行)と記載されているところ、右の「封書紙葉」は、特許請求の範囲の他の個所に記載されているように、「連接する三つの葉片から構成され」(同明細書第一頁第六行)ているものであり、また、右の「右側」、「中央」及び「左側」なる字句は、右の連接する三つの葉片の位置関係を示すものであることが明らかであり、したがつて、前記特許請求の範囲の記載は、上層表面及び下層裏面の熱融着性接着剤層の塗布位置が、上層の紙葉には中央葉片と右側葉片の表面に、下層の紙葉には中央葉片と左側葉片の裏面にそれぞれあること、すなわち、上層紙葉の表面と下層紙葉の裏面における右接着剤の塗布位置の相対的関係を明確に示しているものである。更に、本願発明の今回明細書の発明の詳細な説明には、図面の簡単な説明として、「図面は本発明に係る……連続伝票の重合体の実施例を示し、第1図は……連続伝票の重合体の斜視図、第2図は……一封書紙葉の各紙葉を分離して示した上方より斜視図、第3図は第2図の下方よりの斜視図、第4図は三つ折り形式の説明図、……である。」(同明細書第一五頁第一三行ないし第一六頁第一行)としたうえ、「本発明の構成を図面に従い説明する。」(同明細書第五頁第一二行)として、「紙葉Cは裏面右側部分が特定通信記事部の「ご案内」欄3cで他はカタログ3bである場合を例示した。」(同明細書第六頁第一六行ないし第一八行)旨記載されているところ、右記載内容によると、第2図は、封書紙葉を上方から見たものであり、また、第3図は、これを左右に旋回することなく、下方から見たものであつて(このことは、マージナルパンチ部7の内側沿いの切除用ミシン目6の位置から明らかである。)、紙葉Cの3c面を右側としているものであり、したがつて、「右」なる字句は、その用法のとおりに使用され、紙葉Cの三つの葉片の一つの位置関係を示している。このように、本願発明の今回明細書は、発明の詳細な説明において、図面を参照して、「右側」の字句により、連接する三つの葉片の一つの位置関係を示しているのであつて、発明の詳細な説明及び図面における位置関係を示す「右側」字句の用法と特許請求の範囲における「右側」、「中央」及び「左側」の字句の用法とは、相互に何ら矛盾がない。したがつて、本願発明の今回明細書の特許請求の範囲の記載中「封書紙葉の上層中央葉片及び右側葉片の表面及び下層左側葉片及び中央葉片の裏面」にいう「右側葉片」及び「左側葉片」の字句は、上層紙葉の表面及び下層紙葉の裏面の相対的位置関係を極めて明瞭に示すものである。被告は、「右側葉片」ないし「左側葉片」の三つの葉片が右側ないし左側のいずれであるかを特定するには、これらの葉片を連続伝票の流れに沿つた方向に見るか、右の流れに逆らつた方向に見るかの二つの観察方法があるところ、その特定がされていない本件においては、「右側葉片」ないし「左側葉片」の意味が容易に理解することができるとはいえない旨主張するが、本願発明の今回明細書の記載上、「右側葉片」ないし「左側葉片」の意味が容易に理解することができるものであることは、前述のとおりであり、しかも、「連続伝票の流れ」なる字句にしても、本件特許出願の日の前から当業者により自明な事項として使用されているものである。すなわち、「連続伝票」の語は、多くの伝票が連なつた一連の伝票の呼称であり(甲第一三号証―昭和四五年五月三一日印刷時報社発行の「月刊印刷時報」昭和四五年五月号の第二頁左欄第二一行及び第二二行)、また、連続伝票の用紙の必要条件及び規格等は、本件特許出願の日の前から既に統一化されていたものである(同号証の第一〇九頁ないし第一一二頁)ところ、「連続伝票の流れ」なる字句は、甲第一五号証(昭和四八年一〇月一五日日本印刷新聞社発行の「伝票の製作、設計とその使用方法のすべて(下)」)に、図面に基づいて、「図16―1は、事務伝票の印刷のために、単式長巻き紙輪転印刷機が行なう一般的な機能を図示したものである。この図は横から見たのを示したものであつて、調節された給紙(巻き離し)からでき上がりの部分―折りたたみ、巻き返し、または枚葉紙積み重ねの紙の流れを示したものである。この方向は「流れの方向」といわれている。」(第六二頁右欄第二行ないし第七行)と説明されているように、給紙から出来上りまでの一連の流れを意味し、例えば、「伝票と次の伝票との間には用紙の流れに直角に」(前掲甲第一三号証の第三頁左欄第四三行及び第四四行)、「連続帳票の流れの方向に対し直角の方向に」(甲第九号証の二の実開昭四九―一四八一三五号公開実用新案公報の第一頁左欄第一二行)、「連続帳票の流れの方向に沿つて」(甲第一六号証の実公昭五四―二八〇二三号実用新案公報の第二頁第四欄第九行及び第一〇行)、「連続帳票の流れ方向のサイズ」(甲第一七号証の実公昭五六―三七九四三号実用新案公報の第二頁第四欄第九行)というように、一般的に使用されてきたものであつて、当業者であれば、その技術内容をそれ自体から正しく把握し理解することのできる、いわゆる自明な事項であるということができる。

2  本件審決は、本願発明の今回明細書の特許請求の範囲には、「封書紙葉重合体部分」(甲第二号証の明細書第一頁第一〇行)なる記載があるが、発明の詳細な説明中には、何らこれに対応する記載がなく、このために、本願発明の特許請求の範囲の記載は不明瞭となつている旨認定している。しかし、右の「封書紙葉重合体部分」なる字句は、本願発明の前回明細書についての本件拒絶理由に対処するために用いたものであつて、今回明細書の発明の詳細な説明及び図面の記載に矛盾なく対応しており、その意味内容は、容易に理解することのできるものである。すなわち、本願発明の前回明細書についての本件拒絶理由は、「6 同上一頁九〜一〇行の「……封書紙葉単位が構成され」は、意味不明瞭。(特許請求の範囲全般によれば、前記単位はまだ単体となつていないので、前記々載の前に「相互に接続した」を挿入してはどうか)」と指摘するものであるところ、右の指摘は、前回明細書の特許請求の範囲の「封書紙葉単位」なる字句を、単体となる前の、連続伝票の重合体の構成部分であることを示す字句に補正するよう教示するものであるが、前回明細書の特許請求の範囲の「パネル」の字句が連続伝票の重合体の紙葉単位部分を、また、「紙葉単位」の字句が右の重合体の部分をそれぞれ示すものであり、更に、「その重合……」以下の文章が各封書紙葉単位部分の構成を示すものであるから、たとえ、右の教示に従つたとしても、後の文章との関連で新たな不明瞭問題を生ずるおそれがあり、しかも、今回明細書で「パネル」なる字句を「葉片」なる字句に補正したため、「紙葉単位」なる字句と「葉片」なる字句とが紛らわしくなつたので、今回明細書において、「紙葉単位」なる字句を「紙葉」なる字句に、また、「封書紙葉単位」なる字句を「封書紙葉」なる字句にそれぞれ補正し、他方、今回明細書の特許請求の範囲には、「連続伝票の重合体」(甲第二号証の明細書第一頁第九行及び第一〇行)なる字句を用い、また、発明の詳細な説明(同明細書第五頁第一二行ないし第一六行)及び図面には、封書紙葉の各紙葉を分離して示すようにしたことから、特許請求の範囲において、連続伝票の重合体を構成する個々の封書紙葉部分の構成を示すために、「封書紙葉重合体部分」なる字句を用いて、「前記連続伝票の重合体を構成している封書紙葉重合体部分について」(同明細書第一頁第九行ないし第一一行)という文章を挿入する補正をしたものであり、したがつて、右の補正は、本件拒絶理由の指摘に十分に対処しており、右の記載内容は、発明の詳細な説明及び図面と何ら矛盾なく対応しているものであつて、右の補正により本願発明の特許請求の範囲が不明瞭になつたということはない。被告は、「封書紙葉重合体部分」なる字句は、発明の詳細な説明に記載されておらず、その意味するところは全く不明である旨主張するので、若干補足すると、今回明細書の特許請求の範囲の「仕切ミシン目を介して連続伝票の流れと直角方向に連接する三つの葉片から構成され、表面及び裏面に所定の定形事項を印刷された紙葉が切離用ミシン目を介して流れの方向に連接する連続伝票の重合体であつて、前記連続伝票の重合体を構成している封書紙葉重合体部分について」(同明細書第一頁五行ないし一一行)という記載によれば、「封書紙葉重合体」なる字句は、三つの葉片から構成されている紙葉が重合されたものを意味し、右の重合された紙葉を連続伝票の重合体の全体からみると、連続伝票の重合体部分を構成するものであるから、これを「封書紙葉重合体部分」と表現したものであり、他方、今回明細書の発明の詳細な説明には、「第1図は重合糊着されている紙葉を分離して示した本発明の連続伝票の重合体の斜視図、第2図は切離用ミシン目で切離した一封書紙葉の各紙葉を分離して示した上方よりの斜視図」(同明細書第五頁第一二行ないし第一六行)、「第2、第3図は前記連続伝票から上記切離用ミシン目8で切離した一封書紙葉部分を示す。」(同明細書第六頁第九行及び第一〇行)と記載されており、右記載内容並びに第1図及び第2図の図示するところによると、「連続伝票の重合体」が第1図に分離して示されている紙葉(これは、切離用ミシン目で切り離す前の連続伝票)を重合糊着したものであること、及び「一封書紙葉部分」を重合糊着したものが第2図にA、B及びCで示されている各封書紙葉重合体であることが認められるから、「分離した連続伝票」と「連続伝票の重合体」、「分離した封書紙葉」と「封書紙葉重合体」とがそれぞれ対応し、「封書紙葉部分」は、連続伝票の重合体の全体からみれば、「封書紙葉重合体部分」ということができ、したがつて、特許請求の範囲において、重合体である「封書紙葉部分」を総括的に「封書紙葉重合体部分」と表示したものであつて、特許請求の範囲の「封書紙葉重合体部分」なる字句は、発明の詳細な説明の記載と矛盾することなく用いられている。

第三  被告の答弁

被告指定代理人は、請求の原因に対する答弁として、次のとおり述べた。

一  請求の原因一ないし三の事実は、認める。

二  同四の主張は、争う。本件審決の認定判断は正当であり、原告主張のような違法の点はない。

1  特許法第三六条第五項には、特許請求の範囲には、発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならない旨規定されているので、発明の詳細な説明に記載しない事項を特許請求の範囲に記載することは許されないものであり、そして、右規定違反は、特許出願の拒絶理由及び特許無効の理由とされている(同法第四九条第三号、第一二三条第一項第三号)。換言すると、特許請求の範囲に記載された発明の構成に欠くことができない事項、すなわち、必須の事項は、発明の詳細な説明に記載されていなければならないのであつて、特許法施行規則第二四条関係の様式第一六の備考一二のイに、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とは矛盾してはならず、字句は統一して使用しなければならない旨規定しているのも、前述の特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載との対応関係を求めているものである。これを本件についてみると、本願発明の今回明細書の特許請求の範囲には、「右側葉片」ないし「左側葉片」なる字句が用いられているが、この字句は、出願当初の明細書にも、また、今回明細書の発明の詳細な説明にも記載されていない字句であつて、今回明細書の特許請求の範囲にのみ卒然と出現したものであるから、発明の詳明な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項に当たらないことは明らかであり、したがつて、本件特許出願は、特許法第三六条第五項に規定する要件を満たしているとはいえない。原告は、今回明細書の特許請求の範囲の「右側葉片」ないし「左側葉片」なる字句は、上層紙葉の表面及び下層紙葉の裏面の相対的位置関係を極めて明瞭に示すものであるなどと主張するが、原告の右主張は、「右側葉片」ないし「左側葉片」なる字句が発明の詳細な説明のどこに記載されているかを明らかにするものではなく、かえつて、発明の詳細な説明には記載されていないことを認めるものであつて、発明の詳細な説明に記載されていない事項を特許請求の範囲の記載事項とすることが、何ゆえに特許法第三六条第五項に規定する要件を満たすことになるのかを明らかにするものではない。また、原告は、「右側葉片」ないし「左側葉片」なる字句の意味は、今回明細書の記載上、容易に理解することができる旨主張するところ、「右側葉片」ないし「左側葉片」の三つの葉片が、連続伝票の流れと直角方向に連接していることは、今回明細書及び図面の記載から認めることができるが、右の三つの葉片が右側ないし左側のいずれであるかを特定するには、これら葉片を連続伝票の流れに沿つた方向に見るか、右流れに逆らつた方向に見る(原告は、この方向に見ているものと解される。)かの二つの観察方向があり、この観察方法がいずれかに特定されていない本件においては、「右側葉片」ないし「左側葉片」の意味が容易に理解することができるとはいえない。この点に関して、原告は、「連続伝票の流れ」なる事項は自明な事項である旨主張するが、原告主張のように、多数の甲号証の記載内容を特許請求の範囲の中に読み込むという過程を経なければ説明のつかない事項は、本来自明な事項ではなく、また、特許法施行規則第二四条関係の様式一六の備考六には、「文章は口語体とし、技術的に正確かつ簡明に発明の全体を出願当初から記載する。この場合において、他の文献を引用して明細書の記載に代えてはならない。」旨規定されており、明細書は右に定めるとおりのものでなければならないところ、今回明細書は、多数の甲号証を引用して種々推測しなければならないほど不親切、不明瞭なものであつて、特許法第三六条第五項に規定する要件を満たしているとは到底いえない。

2  今回明細書の特許請求の範囲には、「封書紙葉重合体部分」なる文句が用いられているが、右字句は、発明の詳細な説明に記載されていない字句であつて、今回明細書の特許請求の範囲にのみ卒然と記載されたものであるから、発明の詳細な説明に記載された発明の構成に欠くことができない事項であるとはいえず、この点においても、本件特許出願は、特許法第三六条第五項に規定する要件を満たしているとはいえない。この点に関して、原告は、本件拒絶理由は、前回明細書の特許請求の範囲の「封書紙葉単位」なる字句を、単体となる前の、連続伝票の重合体の構成部分であることを示す字句に補正するように教示するものである旨主張するが、原告主張の拒絶理由は、「封書紙葉単位」はまだ単体となつていないので、そのことを示すために、「封書紙葉単位が構成され」の前に「相互に接続した」なる文章を挿入してはどうか、と指摘したにすぎず、原告の右主張のような教示をしたものではない。また、原告は、「封書紙葉重合体部分」なる字句は、発明の詳細な説明及び図面の記載に矛盾なく対応しており、その意味内容は、容易に理解することのできるものである旨主張するが、原告の右主張は、「封書紙葉重合体部分」なる字句が発明の詳細な説明に記載されていることを明らかにするものではなく、したがつて、本件特許出願は、特許法第三六条第五項に規定する要件を満たしているとはいえない。

第四  証拠関係〈省略〉

理由

(争いのない事実)

一  本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の明細書の特許請求の範囲の項の記載及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、本件当事者間に争いのないところである。

(本件審決を取り消すべき事由の有無について)

二 原告主張の取消事由の有無について、以下判断することとする。

1  「右側葉片」ないし「左側葉片」なる字句に関する記載不備の有無について

前記本願発明の明細書(今回明細書)の特許請求の範囲には、「右側葉片」、「中央葉片」及び「左側葉片」なる字句が用いられているところ、〈証拠〉によれば、右明細書の発明の詳細な説明には、右字句が用いられていないことが認められるが、〈証拠〉を総合すると、本願発明の今回明細書の発明の詳細な説明には、本願発明は、特に、百貨店、量販店等のダイレクト・メール用として、また、官公署・事業体の宣伝パンフレット用として、あるいは定期的通信文書、例えば、通信教育用として、更には、官庁、事業所等の各種通知業務、照会業務等のうち、説明事項が長文にわたるような場合の文書に好適なダイレクト・メール用連続伝票の重合体の提供を目的とするものであること、従来、百貨店その他の事業体が、多数の受信人に対し、画一的に長文の記事、説明資料等を通知し、効果的な反応を得て販売促進に寄与するよう希望する場合又は官公署等から法改正に伴う届出、報告等を無駄なく、また、極力誤りのないように通信の趣旨を徹底するような場合には、詳細かつ理解に便利なように、図解や例示等を豊富に掲載することに努める必要があつたため、必然的に、この種の通信文書は、大部の分厚いものとなり、また、印刷、通信等の諸経費に大きな負担がかかり、しかも、その事務処理が複雑化するといつた難問が多かつたところ、本願発明は、長文にわたる説明、解説等の一般通信記事のみを、又は該一般的記事に加えて、個別的な通信記事、申込・回答・納付等を求める記事のような特定通信記事を伝達するのに好適な封書形式の郵便物であつて、発信人にとつては、事務処理の促進と郵便料等の費用節減に寄与し、また、受信人においては、居ながらにして豊富かつ詳細な資料を目前にして、通知内容を正しく把握し理解することができ、通信内容に対する敏速な反応、決断が期待できるという特徴のあるダイレクト・メール用連続伝票の重合体の提供を課題とするものであること、本願発明の技術的思想としての重要な特徴は、本願発明の形態ないしは方式を採用することによつて、連続伝票をコンピュータにて、宛名、通信記事等の必要事項をプリントアウト後、事後処理機(ヒート・シーラー)にかけ、三つ折り等の封書に処理し発信できるということにあり、本願発明の封書は連続伝票の重合体として、必要事項をプリントアウトした後、連続伝票の重合体のまま、ジグザグに折り畳んで保持することができること、本願発明の構成を図面に従つて説明すると、第1図は重合糊着されている紙葉を分離して示した本願発明の連続伝票の重合体の斜視図、第2図は切離用ミシン目で切り離した一封書紙葉を分離して示した上方よりの斜視図、第3図は第2図の下方よりの斜視図、第4図は三つ折り形式の説明図、第5図は封書状態の説明図、第6図は開封方法を示す説明図、第7図は使用状態説明図であるところ、第1図ないし第3図に図示されているA、B及びCは、それぞれ一枚目ないし三枚目の紙葉であり、それぞれ第2図及び第3図に図示されている仕切ミシン目1a、1bにより三つの葉片の連接体に形成されていること、紙葉Aは、宛名表示部2と単価表のごときを例示した特定通信記事部3aを連設し、それらの各裏面には特定通信記事部としてのカタログ3bの場合を例示し、紙葉Bは、各葉片の表裏ともにカタログ3bの場合であり、紙葉Cは、裏面右側部分が特定通信記事部の「ご案内」欄3cで、他はカタログ3bである場合を例示したものであること、本願発明のダイレクト・メール用連続伝票の重合体は、それぞれ定形事項が印刷され、糊料又は接着剤層が塗布されたA、B及びCの各連続伝票を連続的に重合し、封書紙葉単位の重合対接面の周縁部を糊着することにより製造され、仕切及び切離用ミシン目は前記重合の前後適宜のときに刻設され、本願発明の連続伝票の重合体はジグザグに折り畳んで保管することができ、その際折畳み対接面の接着剤層は当接せず、固着、ブロッキングを生じないという効果を奏するものであること、などと記載されていることが認められ、右認定の事実及び図面に図示されているところを総合して考案すると、本願発明の連続伝票の重合体においては、「紙葉」は、連接している三つの「葉片」から構成されており、そして、「葉片」は、連続伝票の流れと直角方向、すなわち、左右方向に連続しており、これを伝票として必要事項を記載する場合の状態で見ると、紙面に向かつて右側に位置する葉片を「右側葉片」、中央に位置する葉片を「中央葉片」、左側に位置する葉片を「左側葉片」と呼称していることが明らかであつて、右字句のような表現方法は、通常の表示方法に従つて用いられているものであるから、右字句の意味するところは、今回明細書の発明の詳細な説明の記載上、明瞭に看取することができるものであり、したがつて、特許請求の範囲に記載されている右字句に関して今回明細書に記載不備があるものと認めることはできない。被告は、右字句は今回明細書の特許請求の範囲にのみ卒然と出現したものであつて、発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項に当たらないから、本件特許出願は特許法第三六条第五項に規定する要件を満たしているとはいえない旨主張するところ、右字句が発明の詳細な説明に明示されていないことは、前認定のとおりであるが、右規定の趣旨とするところは、発明の詳細な説明に記載しない事項を特許請求の範囲とすることを認めるとすると、発明の詳細な説明に開示していない発明について特許保護を与える結果となり、特許制度の趣旨に反するおそれがあるから、特許請求の範囲には、発明の詳細な説明に記載された発明の構成に欠くことができない事項のみを記載すべきものとしたものと解すべきであつて、右の趣旨に照らせば、特許請求の範囲に記載された字句と発明の詳細な説明に記載された字句とは統一的に用いられることが、特許請求の範囲の記載を理解するうえにおいてもとより望ましいことではあるが、特許請求の範囲に記載されている字句が発明の詳細な説明の中にそのままの表現で記載されていない場合でも、発明の詳細な説明に記載された他の表現から当該字句の意味を容易に理解することができ、したがつて、実質的には特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載との間に何ら矛盾するところがなく、統一的に理解し得る場合には、発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項のみが特許請求の範囲とされているものと認められるのであるから、当該特許出願は右条項に違反しないものと解するのが相当であり(なお、特許法施行規則第二四条関係の様式第一六の備考一二のイには被告指摘の文言記載があるが、右文言は、上叙のように解することを妨げる趣旨のものと解することはできない。)、これを本件についてみると、特許請求の範囲に記載されている「右側葉片」、「中央葉片」及び「左側葉片」なる字句の意味するところが、発明の詳細な説明の記載上、明瞭に看取することのできるものであることは、前説示のとおりであるから、右字句がそのまま発明の詳細な説明に記載されていなくとも、右字句に関連して、発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項を特許請求の範囲とするものであつて、右条項に違反するものである、ということはできず、したがつて、被告の右主張は、採用することができない。また、被告は、「右側葉片」ないし「左側葉片」の三つの葉片が右側ないし左側のいずれであるかを特定するには、これら葉片を連続伝票の流れに沿つた方向に見るか、右の流れに逆らつた方向に見るかの二つの観察方法があるところ、その特定がされていない本件においては、右側葉片ないし左側葉片の意味は容易に理解することができない旨主張するが、もともと「右側」、「中央」及び「左側」の字句は、三つの葉片の相対的位置関係を示すためのものであつて、たとえ、発明の詳細な説明においては、三つの「葉片」のそれぞれに右字句が付されていなかつたとしても、三つの葉片が特許請求の範囲にいう「右側葉片」、「中央葉片」及び「左側葉片」に当たることは明らかであるところ、その対応関係が今回明細書及び図面の記載上明瞭であることは、前示のとおりであるから、「連続伝票の流れ」の観察方法が特定されていなくとも、各葉片の意味を理解することができないということはいえず、したがつて、被告の右主張は、採用の限りでない。なお、被告は、「連続伝票の流れ」なる事項は自明な事項ではない旨主張するが、右事項が自明であるか否かにかかわらず、「右側葉片」、「中央葉片」及び「左側葉片」なる字句の意味内容が発明の詳細な説明の記載上明らかであることは、前説示のとおりであるから、被告の右主張もまた、採用に値しない。

してみれば、本願発明の今回明細書の特許請求の範囲の「右側葉片」ないし「左側葉片」なる字句に関し、本件特許出願が特許法第三六条第五項に規定する要件を満たしていないとすることはできないものというべきである。

2  「封書紙葉重合体部分」なる字句に関する記載不備の有無について

前記本願発明の今回明細書の特許請求の範囲には、「封書紙葉重合体部分」なる字句が用いられているところ、〈証拠〉によれば、今回明細書の発明の詳細な説明には、右字句が用いられていないことが認められるが、〈証拠〉によると、今回明細書の発明の詳細な説明には、図面に基づく本願発明の構成の説明として、「6は紙葉A、B、Cに設けた切除用ミシン目であり、封書紙葉重合体をジグザグ折りに折り畳んだときに形成される封書の三辺開封位置に刻設される。」との記載があることが認められ、右認定の事実に〈証拠〉を総合すれば、「封書紙葉重合体」なる字句は、紙葉A、B及びCを重合したものを意味するものであり、そして、前記今回明細書の特許請求の範囲の「前記連続伝票の重合体を構成している……三辺開封位置に切除用ミシン目が刻設され」という記載によると、右の「封書紙葉重合体」を切除用ミシン目8に沿つて一単位ごとに切り離した場合に得られる単体を「封書紙葉重合体部分」なる字句をもつて表示しているものであることが明らかであり、したがつて、右字句があることによつて本願発明の特許請求の範囲が不明瞭になつているということはできない。被告は、右字句は発明の詳細な説明に記載されていない字句であつて、発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項に当たらないから、本件特許出願は特許法第三六条第五項に規定する要件を満たしていない旨主張するが、特許請求の範囲に記載された字句がそのまま発明の詳細な説明に記載されていることを要するものではなく、実質的にみて発明の詳細な説明に記載した発明の構成に欠くことができない事項のみが特許請求の範囲に記載されているものと認められる以上、当該特許出願は右条項に違反しないものと解すべきことは、前説示のとおりであるところ、今回明細書の特許請求の範囲に記載されている「封書紙葉重合体部分」なる字句の意味が、今回明細書の発明の詳細な説明の記載に照らし明らかであることは、前認定のとおりであり、したがつて、結局、被告の右主張は、採用することができない。

そうであるとすると、本願発明の今回明細書の「封書紙葉重合体部分」なる字句に関し、本件特許出願が特許法第三六条第五項の規定する要件を満たしていないとすることはできないものというべきである。

3 以上によれば、本件審決が取り上げた事項のみをもつて本願発明の明細書に記載不備があるとすることはできないものといわざるを得ず、したがつて、本件審決は、本願発明の今回明細書には記載不備があるとの誤つた認定をした結果、本件特許出願は特許法第三六条第四項及び第五項に規定する要件を満たしていないとの誤つた結論を導いたものであるから、違法として取消しを免れない。

(結語)

三よつて、原告の本訴請求は、理由があるので、これを認容することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法第七条及び民事訴訟法第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官武居二郎 裁判官清永利亮 裁判官川島貴志郎)

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